現実はエネルギーの影絵であり、エネルギーもまた現実の影絵である。
宮本 道人
Dohjin Miyamoto
科学文化評論家(Critic of Science Culture)
1989年東京生まれ。科学文化作家。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。博士(理学)。筑波大学システム情報系研究員、東京大学大学院新領域創成科学研究科客員連携研究員、変人類学研究所スーパーバイザー、株式会社ゼロアイデア代表取締役。開かれた科学文化を作るべく研究・評論・創作。編著『プレイヤーはどこへ行くのか』、協力『シナリオのためのSF事典』など。Twitter: @dohjinia
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皆さん、糸電話を使ったことはありますか。すごくいいテクノロジーだと思うんです。実はむかし電話が作られた当初って糸電話は競合だったんですよ。というのは電話は特許を取られていたから、電話と糸電話どちらを使うかといったときに糸電話のほうが安上がりだし、糸電話でも意外と数キロぐらいだったら通話できるんですね。要するにそれは、適正技術という言い方をするんですけれども、ある環境下においては、進歩したテクノロジーよりローテクのほうがいい場合があったりします。似た言葉ではオルタナティブテクノロジーという言い方もありまして、テクノロジーというのは案外代替案というのがあって、必ずしも進歩していなくても使えるものがある、みたいな話ですね。SFの未来においても、すごく進歩した未来だけじゃなくて、あるテクノロジーの代替となるような全く別の技術が発展した未来というのが描かれたりします。例えばスチームパンクと呼ばれる作品群では蒸気機関がものすごく発達した世界というのが描かれたりしますが、そういうふうにして色々なテクノロジーの可能性があり得るわけです。
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コントラフリーローディング効果というものを皆さんは知っていますか。
例えば僕がご飯欲しいなと思ったときに、人から皿に盛って与えられるのと、自分でレバーを引いたら餌が出てくるみたいなのと、どっちを選択したいかと訊かれる状況があったとします。これだと、人に与えられるほうが楽に見えるじゃないですか。でも実は、自分でレバーを引くという方を選択する傾向があるというのが色んな動物で確かめられていて、これをコントラフリーローディング効果と言います。どういうことかというと、動物は自分に選択権がある状況を好みやすいんですね。なのでエネルギーのことを考えるときも、自分に選択権があるかどうかというのはすごく大事だと思います。今は基本的にみんな、人に与えられるテクノロジーばかりの中で生きてるじゃないですか。これを自分でも選べたらいいなというのも込めて、ちょっとここに描きまして。ちなみに余談ですが、コントラフリーローディング効果が唯一確かめられていない動物がいます。それは猫なんですね。猫はなぜか自分でレバーを引くよりも合理的なほうを選ぶんです。
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さて、知識が足りない側に知識を注いでいったら対話が成立する、という仮定について考えてみましょう。こういう考え方は「欠如モデル」と呼ばれ、科学技術社会論という研究分野でしばしば批判されてきました。エネルギーの議論でもこういう場面が散見されると思いますが、要するに「こっちの思考に相手が納得できないのは相手の知識が不足しているからで、知識を得たらこっちと似た意見になって対話がうまくいくだろう」みたいな単純な姿勢には問題があるわけです。そもそも知識というと、だいたい学者が研究して明らかにした専門知みたいなものをすぐに想定してしまいがちなんですけれども、実は結構現場の知識が専門知よりも勝っている場合というのがあります。昔ブライアン・ウィンという研究者が明らかにした事例では、イギリスの核処理施設の近くで羊を育てている人たちのところに国の専門家チームが乗り込んで相談なしにいろいろ政策を立てたんですけれども、その研究が現場の羊飼いたちから見るとズレズレなものに見えたし、実際大失敗だったということがあったりしたそうです。エネルギーの議論に関しても、ある知識というのが何かすごく普遍的に正しい知識だったり、それを知ればみんな状況を理解できるみたいな知識はないんじゃないかなと僕は思っている、という話でした。